東京高等裁判所 昭和43年(ネ)429号 判決 1969年3月10日
控訴人
財団法人日本科学技術振興財団
右代表者
植村甲午郎
代理人
橋本武人
ほか五名
被控訴人
宮坂計一
ほか一六名
代理人
小島成一
ほか九二名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
当裁判所も被控訴人らの申請は、原判決の認容したかたちで、理由があると認めるものであり、その理由は、次に附加するほかは、原判決のそれ(但し、原決判理由欄二の(二)を除き、かつ、同欄一〇枚目裏八行目に「漸時」とあるのを漸次と訂正し、一二枚目表二行目および九行目に「もしくは閉鎖」とある部分をいずれも削除する)と同一であるから、これを引用する。
控訴人は、本件解雇は、自救行為であるから、有効である旨主張する。本件労働協約は、全組合員の労働契約上の地位の存続を約束するものであるところ、企業が閉鎖されれば、全組合員の労働契約上の地位が失われることになるのであるから、人員整理をしなければ企業を閉鎖するよりほかに方法がない場合でも、人員整理をしてはならない趣旨であるとは到底考えられず、このような場合には、当時これが予見されたと否とにかかわらず、人員整理をすることができる趣旨と解すべきである。
よつて、本件解雇に右のようなやむを得ない事情があつたか否かについて判断する。東京チャンネルの昭和四〇年度の赤字は約一〇億円、昭和四一年三月末の累積赤字は約二四億円に達したので、控訴人は、赤字の増加を食い止め、企業の再建をはかるため、同年四月から毎月一億円の普通協力会費の拠出を得て、放送時間を一日五時間半に半減し、科学教育放送に徹し、営業活動を行わないこととし、これにより生じた過剰人員の整理を行つた結果、本件解雇がなされたことは原審認定の通りであり、<証拠>には、毎月一億円の普通協力会費がはいつてきても、企業整備をする必要はあつた旨、あるいは、再建案実施以前は営業活動をすればするほど赤字は増加する一方であつた旨の供述記載や供述があるけれども、これらは、後記疎明や認定事実と対比して、採用し難く、前記事実も控訴人主張のやむを得ない事情の存在を認めさせるに足りないし、他にこれを疎明するに足る資料はない。むしろ、東京12チャンネル開局の際の免許の条件が、全放送時間に対し科学教育番組六〇パーセント以上、一般教育番組一五パーセント以上、その他の番組二五パーセント以下という内容であつたため、控訴人はその経営の財源の大部分を協力会から拠出される普通協力会費に依拠することとし(経営財源の点は当事者間に争いがない)、娯楽番組を作成してこれを販売する等、他の民間放送局が行つているような営業活動は原則として行わないこととしたが、昭和四〇年度においては普通協力会費は一億四、八〇〇万円しか拠出されなかつたこと、人員整理ののち東京12チャンネルは毎月一億円の普通協力会費を拠出してもらい、娯楽放送も取り入れて営業活動を始め、放送時間も次第に延長され、昭和四二年一〇月当時は一日一三時間を越えるようになつたことは原審認定の通りであり、協力会結成の趣旨、東京12チャンネル開局の際の免許の条件、<証拠>を総合すると次の事実が一応認められる。協力会員は直接控訴人に対し普通協力会費を支払う義務を負担し、その総額は一か月二億円を越えており、当時経済界が不況であつたにしても、日立、八幡等の大会社が協力会員として顔を並べていたのであるから、約束した口数の普通協力会費の拠出はそう困難ではなかつたはずであるのに、その拠出がわずかしかされなかつたため(協力会員である会社の有力者が控訴人の役員、評議員の大部分を占めていること(この点は当事者間に争いがない)が反つてその拠出義務の履行されなかつた一因となつたものとも考えられる)、東京12チャンネルは科学教育放送に徹することも、営業活動に徹することもできず、その方針がしばしば変つたため、営業活動により十分な収益をあげることができなかつた。そのような状態にあつて、営業収益は、昭和三九年度上半期は制作費(放送費の一二〇パーセントとした)に達しなかつたが、同年度下半期、昭和四〇年度上半期、下半期はいずれも制作費を上回り、その差は順次増加してきていた。その従業員は、制作費を切り詰められながらも、営業収益をあげるため、いろいろ努力していたが、昭和四〇年秋には午後六時四五分から七時まで他局がニュースを放映している時間に漫画映画を放映して一〇パーセント近い視聴率をあげ、そのころ広告会社である電通の社員から、東京12チャンネルも媒体価値が認められ、スポンサーから引合がくるようになつた、もう一息の辛抱だ、などと言われるようになり、ようやく事業の前途に希望を持ち始めた。同年一一月ごろ森編成局次長兼編成部長、吉岡制作局次長らを中心として局次長、部課長、副部長らの間に自分達で再建計画を作つて上層部に提案し、東京12チャンネルを再建しようという気運が起り、馬場編成課長に営業活動により収益の増加をはかる趣旨の、放送内容は現在の東京12チャンネルのそれと大差のない再建案(一か月の予算二億五、〇〇〇万円、うち制作費一億五、〇〇〇万円、人件費その他一般管理費等一億円)を作成させて部課長会で検討したりした。然るに、控訴人理事会は昭和四一年三月に至つて、部課長以下職員の意見を斟酌することなく、前記のような人員整理を含む再建案を提示したため、部課長のほとんど全員がこれに反対の意思を表明した。部課長会で立案検討していた前記再建案が実行可能なものであつたことは次の事実からも裏付けされる。東京12チャンネルは昭和四一月四月以降一か月一億円の普通協力会費の拠出を得(実際には控訴人が金融機関から借入れ、協力会員が保証する形式をとつた)、昭和四二年四月から営業活動を開始し、放送時間はそのころ約九時間になり、昭和四三年一二月には約一六時間になつた。一か月の営業収益も同年五月には二億円を、同年一二月には二億五、〇〇〇万円を越えるようになり、同年一二月現在職員約三〇〇人のほか約二三〇人の下請、アルバイト等の労働者がおり、以前は下請のいなかつた映画部、編成部等でも働いている。
以上判断した通り、昭和四一年三月当時東京12チャンの赤字が累積し、増大したのは、控訴人主張にかかる同チャンネルの営業活動に伴う収支のアンバランスに基くものではなく、同チャンネルが主として科学教育番組を放映し、その財源の大部分を普通協力会費に依拠する建前であつたのに、普通協力会費がわずかしか拠出されなかつたため、その経理に赤字が生じたものであり、昭和四一年三月当時一億円の普通協力会費が拠出されれば、その経理は黒字に転じ、その経済状態は漸次好転するであろうことは明白であつたこと(実際にも同年同月以降右金額の普通協力会費が拠出されたことは前記認定の通り)、従つて、同年三月当時控訴人は人員整理をしなければ、企業閉鎖をせざるを得ないような状態にはなかつたことが一応うかがわれるから、控訴人のこの主張は採用することでがきない。
従つて、本件解雇は、本件労働協約に違反していることが明白であるから、その余の点について判断するまでもなく、無効と解するほかはない。
よつて、被控訴人らの申請を認容した原判決は、理由は一部異なるけれども、結局相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し、主文のように判決する。(近藤完爾 田嶋重徳 小堀勇)